第5回、ダニエルさんはこんな人 

鬼界  こんにちは、鬼界浩巳です。「ダニエルさんは一体何者なの?」というご質問が多いので、“ダニエル・ビアンキ特別企画の特別企画”としまして、二人の出会いの町、国立のあるバーにダニエルさんをお招きし、『ダニエルさんはこんな人』をお送りします。

ダニ  ど、どうも。 ......。 ダ、ダニエルです。

鬼界  緊張してないか?

ダニ  とてもしています。

鬼界  お客さんが見てるわけじゃないんだから、楽にしていいんだよ。

ダニ  そ、それはわかっていますが、インタビューを受けるなんて初めてなもので。

鬼界  ではまず、名前は?

ダニ  ダニエル・L・ビアンキ

鬼界  年は?

ダニ  28才

鬼界  お母さんは?

ダニ  います。

鬼界  お父さんは?

ダニ  います。

鬼界  取り調べコントやってんじゃないんだから。親がいるのは当たり前だろ。もっと詳しく話せよ。では、お母さんがイタリア人で、ダニエルがルーマニア人というのは?

ダニ  母は準ミス・ユニヴァースに選ばれた後、

鬼界  ちょ、ちょっと待って。‘準’ということは、世界で2番目の美人に選ばれたってこと?

その2

ダニ  今はあまり流行らない“ミス・コン”の世界大会で2位になっただけです。

鬼界  サラッと言ってのけるのが、すごいな...

ダニ  とにかくそれに選ばれたおかげで、『007/ロシアより愛を込めて』に出演し、ハリウッドに招かれたのです。

鬼界  夢のような話だな。

ダニ  問題はここからなんです。アメリカに行ったものの、端役ばかりで決して順調とは言えなかったそうです。そんな時、ニール・コネリー主演のアクション映画のヒロインに決まったのです。

鬼界  誰それ?聞いたことないよ。まさか、ショーン・コネリーの兄貴とか?

ダニ  惜しい。弟です。

鬼界  マジ?冗談だったのに...。全く知らないよ、そんな人。

ダニ  完全な一発屋ですから。イギリスのエディンバラで塗装工をしてたくせに、兄のコネだけで映画界にもぐり込み、主演映画を手に入れた泥棒野郎です。

鬼界  なんでそんなに悪意のこもった紹介なの?

ダニ  母がさんざんののしっていましたから。「あの映画に関わったおかげで私のキャリアはメチャメチャになった」と。

鬼界  なんていう映画?

ダニ  『ドクター・コネりー/キッド・ブラザー作戦』

鬼界  (大笑いして)安っぽくて、くだらなくて、つまんなそー!そりゃ、キャリアも台無しになるさ。そんなタイトルの映画に出るお母さんもどうかと思うよ。

ダニ  僕もそう思います。しかし、その時点ではチャンスに思えたんでしょうね。

鬼界  それでどうなったの?

その3

ダニ  ご想像通り、興行的にも内容的にも最低の映画で、結局母はイタリアへ帰国することになりました。

鬼界  主演のニールさんはどうなったの?

ダニ  ほどなく元の職業に戻ったそうです。

鬼界  塗装工かぁ...。その工場には『ドクター・コネりー』のポスターとか張ってあるんだろうね、端の方がめくれあがって、ペンキで汚れ果ててさ。

ダニ  もの哀しいです...。

鬼界  ところで、最初の質問の「ダニエルがルーマニア人というのは?」には、いつ答えてくれんの?

ダニ  これからです。帰国した母はイタリアを中心にヨーロッパでモデルをしていたのですが、ルーマニア映画に出演することになったのです。ルーマニアは当時、完全な社会主義だったので、文化省映画局の役人が24時間母についていたのです。そのつきっきりだった役人が僕の父です。

鬼界  監視するスパイと監視される美人モデルの禁じられた恋。映画みたいだな。

ダニ  父はスパイじゃないし、監視してたのでもないし、禁じられてもいません。鬼界さん、想像力働かせ過ぎです。

鬼界  つまり、お母さんがイタリア人でお父さんがルーマニア人だから、ダニエルの国籍はルーマニアなわけだ。じゃあ、いろんな言葉をしゃべれるの?

ダニ  ルーマニア語とイタリア語と英語と日本語にフランス語を少し。

鬼界  へぇ〜。スゴイなぁ。でも、日本語が上手なのはなぜ?

その4

ダニ  僕が7才の時、父の仕事の関係でロサンゼルスに引っ越しました。

鬼界  「ロサンゼルスに引っ越した」、身近な言葉でグローバルな話題を語るねぇ。

ダニ  そして、15才の時、家族旅行でハワイに行き、桂枝雀さんの英語落語を聞いたのです。

桂枝雀(かつらしじゃく)というのは関西の落語家で、私鬼界浩巳も中学の頃から大ファンでした。僕の知る限り、爆笑させてくれる唯一の落語家です。とにかくスゴイ!

ダニ  衝撃的でした。アメリカにもスタンダップ・コミックという一人漫談の芸はありますが、落語とは根本的に違います。僕は子供の頃から「三度の飯より‘笑い’好き」と母が嘆くくらい

鬼界  イタリア人のお母さんが「三度の飯」って言うの?

ダニ  日本語に置き換えれば、このような意味合いになるということです。僕が言いたかったのは、

と、笑いについての個人史と落語に対する分析をダニエルは2時間ばかり論じました。それはそれでなかなか興味深く内容の濃い話だったのですが、あまりにマニアックなので割愛することにしました。

ダニ  以上の点において、落語は“山羊の乳は牛の乳より濃い”の法則を越えてしまうわけで、「これは素晴らしい!」と感動していると、2本目の落語を枝雀さんが日本語でおやりになったのです。すると、どうでしょう、お客さんの笑いが先ほどの数十倍、いや数百倍になるではありませんか。

鬼界  下手な朗読みたいになってるぞ。

ダニ  日本語で聞くとより一層面白いのだ、この笑いを共有したい、日本語をマスターしようと決心したのです。すぐに日本語学校へ入学しました。

鬼界  スゴイねぇ、ダニエルは。海外旅行から帰ってきて、「英語がしゃべれないとやっぱりだめだ」と英会話スクールに通う日本人は多いけど、ほぼ100%長続きしないもんね。

ダニ  外国語を覚えるのは慣れてましたから。

その5

鬼界  偉いねぇ、ダニエルは。学校だけでそんなペラペラになったの?

ダニ  なるべく日本の人と話すようにもしました。

鬼界  もしかして、若い女の観光客を引っかけてたりして?

ダニ  .......。

鬼界  なに黙ってんだよ。

ダニ  .......。

鬼界  やっぱりそうなんだ!そりゃそうだよね、誰が好んでババアやジジイと話をする?しかも、ハイスクールの頃だろ?いい思いをしたのね、ダ・ニ・エ・ル・くん。偉くもなんともねえや。

ダニ  いや、その、女の人をどうこうしようとか、決してそんな気持ちではなく、

鬼界  どうこうしたのか?

ダニ  ......。

鬼界  なに黙ってんだよ。

ダニ  ...鬼界さん、鋭すぎます。

鬼界  ひどい男だよ。

ダニ  日本の女の人も良くないですっ!

鬼界  開き直ったね。

ダニ  確かに僕は観光地を案内したり、食事に誘ったりしました。しかし、それは純粋に日本語を勉強するためのことであって、下心はありませんでした。それなのに一部の若い日本人女性観光客は僕のことを誘惑するのです。旅行先でも欧米人はそのようなことは決してしません。もし相手が危険な人物だったら、命が危うくなるのですよ。あまりに無警戒すぎます。

鬼界  でも、その無警戒な人々とやることやったんだろ、君は。

ダニ  それは...

鬼界  じゃあ、ゆっくり聞かせてもらおうか、ダニエル’S アヴァンチュールを。

と、私鬼界浩巳にいじめられながら、ダニエルの熱い情事は相手役を次々に代えながら、克明な描写を交え、延々と続いたため(こういう点においても彼はかなりマニアックです)、この日のインタビューはそこで終わってしまいました。
余談ながらこのインタビューを行った店は本当にひどいところでした。僕が金を出してボトルを入れてるのに、店の女の子たちは争うようにしてダニエルのお代わりを作り、ダニエルにだけ意味深な笑顔を振りまいていました。二枚目はホントに得です。しみじみ実感。


その6


鬼界  よお、犯罪者ダニエル!

ダニ  やめて下さい。

鬼界  じゃあ、なんて呼ぶ? ジゴロ・ダニエル? ダニエル・スケベビッチ?

ダニ  早くインタビューを続けましょう。

鬼界  わかったよ。さて前回は、ロスの日本語学校に通いながらも、寸暇を惜しんで様々な女性から熱いプライベート・レッスンを受けていた、非っ常〜に勉学熱心なハイスクール時代のお話をたっぷりお伺い致しました。

ダニ  .....。

鬼界  なぜ黙ってるのかなぁ?

ダニ  いえ..鬼界さんて....

鬼界  何か?

ダニ  なんでもありませんです!

鬼界  では質問に参りましょう。日本にはいつ?

ダニ  98年の春です。

鬼界  俺たちが知り合った年だな。

ダニ  あの出会いは忘れられません。いきなり鬼界さんが僕の肩をつかんで「君は何者?」と尋ねてきたのです。世界中のどこの国でも見ず知らずの人にあんなことはしません。本当に驚きました。

鬼界  説明が必要だな。あの年、卒業して初めて母校の学園祭に行ったんだ。俺たちの頃とは全然感じが変わったなぁと感慨にふけりながらブラブラしてると、たまたま落研(「おちけん」と読み、落語研究会の略です。念のため。)が落語会をやってたんで入ってみると、金髪の外人がしゃべり始めたところだった。聞いてると、なんとこれが枝雀の完璧なコピーやってるんだ。驚いたのなんのって、ビックリ・シャックリ・スカートめくりだよ。

ダニ  ?

鬼界  その外人の名前が「住宅るし亭 是非」なんだ。

ダニ  ハハハ。よく覚えてますね。

鬼界  だって読めなかったもの。

その7

鬼界  これで「スマイルしてえ、プリーズ」なんて誰がわかる?ひねりすぎだよ。

ダニ  僕は「和朗亭頂戴」(わろうていちょうだい)にしたかったのですが、先輩に無理矢理決められて...。

鬼界  それからしばらくして、中庭でプロレスが始まったんで見に行くと、‘ミスター・ノー’が暴れてるんだ。‘ミスター・ノー’というのは、俺が子供の頃にやってたアニメの「タイガー・マスク」に登場する、鋼鉄製ののっぺらぼうのマスクをかぶった悪役だ。鼻も口もないペプシマンと言えばわかりやすいかな。得意技は当然、頭突きなんだけど、そこにいる‘ミスター・ノー’は、頭突きをすると自分の頭が痛いとか、目がないから前が見えないとか、ギャグばかりやって、最後にマスクを取られると、これがなんとさっきの外人落語家だ。驚いたのなんのって、ビックリ・甘栗・モンブランだよ。

ダニ  ???

鬼界  そしてその夜、学生時代に世話になった教授の研究室のドアを開けると、目の前にその外人が立ってたんだ。そんな状況に直面すれば世界中の誰しもが「君は何者?」と思わず尋ねてしまうだろ。肩はつかんでないと思うけど。

ダニ  いいえ、つかまれました。とにかくこれが出会いだったんですよね。

鬼界  この時点で、そのへんの日本人より日本語がうまく、大昔のアニメのキャラを熟知してるんだけど、それはなぜ?

ダニ  ニューヨークの大学に入学が決まった時に、僕のようなイタリアン・ルーマニアンがなるべく経験しないようなアルバイトをしようと考えていたので、当時はまだ日常会話程度しか話せなかったのですが、思い切って日本料理店で働き始めたのです。そこで日本語がかなり上達しました。僕以外の従業員は全員日本人でしたから。北海道から九州まで半分以上の都道府県の人と出会うことができました。人の回転が非常に速いのです。俳優、ダンサー、彫刻家、様々な職業を目指す多くの人がやってきて、去っていくのです。

鬼界  挫折するってこと?

ダニ  わかりません。もっといいアルバイト先を見つけたのか、他の都市へ行ったのか、それとも日本へ帰ったのか。

鬼界  個人的な付き合いはあまりないの?

ダニ  お店以外ではほとんどありません。僕の経験で言うと、アルバイト同士で仲良くなるタイプの人は100%帰国しますね。

鬼界  さすがニューヨーク、厳しいなぁ。昔のアニメを熟知してたのは?

その8

ダニ  僕が住んでいたマンハッタンでは、高層ビルがあまりにも多いのでケーブルテレビが当たり前なのです。僕は最高で230チャンネル見ていました。

鬼界  多すぎないか?

ダニ  全チャンネルを一周するだけで1時間以上かかります。番組表が電話帳より厚く、何を見るか検討している間にその番組が終わってしまいます。だから標準的なチャンネル数に減らしました。

鬼界  いくつ?

ダニ  85。

鬼界  それでも多いぞ。

ダニ  すぐに日本もそれくらいになりますよ。そのケーブルテレビの日本語チャンネルで昔のアニメを放映していたのです。「いなかっぺ大将」「タイガーマスク」「ひみつのアッコちゃん」などなど。「悟空の大冒険」のエンディングテーマが好きです。

鬼界  相変わらずマニアックすぎるよ。話を元に戻すと、あの学園祭での出会いの後、俺たちが親しくなったきっかけは、

ダニ  98年12月23日上野での桂枝雀さんの独演会の後に行ったおでん屋さんです。

鬼界  年末恒例の落語会に行くと、見たことある外人が最前列で拍手しながら大笑いしてるんだ。こいつとはとことん枝雀で結ばれてるんだと、何か運命的なものを感じて、おでん屋に誘ったんだ。

ダニ  大げさです。

鬼界  カウンターだけの汚いとこだけど、行列ができるほどの店なんだ。「うまい、うまい」といい気分で食ってると、店の外で待つのが礼儀なのに、俺たちの後ろに立つヤツらがいるんだ。椅子と壁の間の40センチもない通路に背後霊のように立ってんだ。プレッシャーかけようなんて魂胆も気にくわないが、どう見たって不倫だ。50才くらいの杉浦直樹に似たオッサンと細川直美に似た27,8のOL。

ダニ  そんな顔でした?

鬼界  全然覚えてないけど、イメージ的にはそんな感じだった、ってことだよ。

ダニ  いい加減だなぁ。

鬼界  「妻に不倫がばれたんです...。助けて下さい、鬼界さん。」と突然、ダニエルが泣きついてきたんだ。前後の脈絡もなんもないから、びっくりしたさ。

ダニ  鬼界さんが後ろの二人に相当ムカツいてるのがわかってましたから。アメリカにいる時、よくやったんです、こういうの。

鬼界  とりあえず、「だから不倫はやめろって言ったのに。どういうことになってるんだ?」と返事を返すと、不倫がばれて女房はノイローゼになる、女房の父親に裁判を起こされる、不倫してた相手が実は二股かけていた、と次から次にしゃべりまくりだよ。ダニエル・オン・ステージ!不倫カップルは出てったよ。別に気にしなきゃいいのにね。

ダニ  気にするように、気にするように、話を持っていったじゃないですか。

鬼界  これなんだよね、ダニエルにHPの1コーナーをやってもらえないかと持ちかけたのは。ボケればつっこむし、乗るべきところは乗るし、枝雀が好きだし、笑いに対する造詣は深いしね。だいたい今なんの勉強してんだっけ?

ダニ  国際文化比較論。

鬼界  と言えばかっこいいんだけど、わかりやすく言うと?

ダニ  「世界各国の笑わせ方」ですね。例えば、日本で受けるコントをイタリアで上演する場合、どのネタをどんな風に手直ししなければならないか、それはなぜか、そして、そのまま使えるネタはどれで、なぜそのまま使えるのか、といった考察を世界各国において検証していくのです。来日して文化比較論の教授のゼミに入ったのですが、半年間いろいろ話し合ううちに「そこまでいくと私の専門外です。ゼミを代えた方がいいでしょう。」ということになり、別のゼミに移ったのです。そして紹介状を持って初めて研究室を訪ねた日に鬼界さんと出会うことになるのです。

鬼界  そして今ここでこうしてるわけだ。本当に長い時間ありがとう。これでダニエルがどんな人なのかお分かり頂けたと思います。

ダニ  最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。今後ともこのコーナーをよろしくお願いします。

鬼界  えっ、またやるの?

ダニ  当たり前でしょ。嫌なんですか?

鬼界  そんなことはないけど...

ダニ  「...」は何? 歯切れ悪いよ、鬼界クン、はきはきしてね。

鬼界  逆襲してやんの..

ダニ  小声で何言ってんですか?はきはきしましょ。

鬼界  わかったよ。ちぇっ。  (第5回・完)



(いつか第6回へつづく)