ダニエル・ビアンキ特別企画
鬼界浩巳がしゃべる、しゃべる、しゃべる
第1回、新潟大作戦〜鬼界事務所設立の謎〜その1
ダニエル(以下・ダニ) はじめまして、ダニエルです。「鬼界さんの楽しい過去が初めて明かされる長期連載ロングインタビュー」がいよいよ始まります。まず最初の質問、「俳優にとって演技論とは?」 では鬼界さん、どうぞ。
鬼界 いきなりだな。しかも、とらえどころのない質問だし。だいたいダニエルって誰なのか説明した方がいいんじゃないの?それと、これって連載になるの?
ダニ 杉並各地で毎週月曜日、全55回のインタビューを予定してます。松井のファンなんです。(笑)
鬼界 (無視して)じゃあ、2回にしよう。その間に連載を続けてほしいという書き込みが掲示板になかったら打ち切りね。
ダニ 鬼界さんキビしいです.....。わかりました、それなら私も自己紹介しません。謎を残しておいてお客さんを引っ張ります。情報は少しづつね。では改めて、こんにちはルーマニア生まれの謎の外国人ダニエルです。「鬼界浩巳事務所を作るきっかけは何ですか?」
鬼界 さっきと質問が違うじゃねえか、まあいいけどさ。元々、気まぐれ倶楽部という劇団をやってたんだけど、ある公演の時、新潟県の演劇鑑賞団の柴田さんて人が見に来てくれて、是非新潟で公演をという話になったんだ。初の地方公演!みんな大喜びで、天下を取ったみたいに張り切って出かけたんだ。(ニヤッと笑う)
ダニ 何かあるのですね。
鬼界 刃物で有名な「燕三条」駅に出迎えてくれた柴田さんは満面の笑みで、「お疲れさまでした。まず宿にご案内しましょう。温泉をご用意しました。」この言葉を聞いてすでにホロ酔いの俺たちは大騒ぎ、幸福の絶頂だよ。ところが、車に40分も乗って連れて行かれたのは、新潟なのに長野温泉という山の奥。道路地図を見てもらえばわかるけど、国道289号線がちょん切られたみたいに山の中でプツッと終わってしまう手前、県道183号線もなぜか山中に消滅してしまう手前、そこが長野温泉、地の果てだよ。
ダニ それでどうしたんですか?
鬼界 俺たちをおろすと柴田さんは「明日お迎えにあがります」と言い捨ててさっさと行っちゃったんだ。俺たちの目の前にあるのは、悪魔の館みたいな、傾いた古い旅館、よく見ると本当に少し右に傾いてんだよ。どういうこと??と思ってたら、仮面ライダーの死神博士にそっくりなジイサンが出てきて「まっちょりました。ようこそ、こげなとこへ、たこすいかでしょ。」と妙に愛想がいいんだ。
※鬼界さんはそのジイサンの声まねでしゃべってます。それとてもおかしい、お聞かせしたい。
ダニ 「たこすいか」とはなんです?
鬼界 わかるわけないだろ。ジイサンが「どんじょ、こちらへ」と、
ダニ 「どんじょ」?
鬼界 「どうぞ」と言いたいんだろ、いちいちうるさいなぁ。ジイサンが「どんじゃ、こちらへ」と、
ダニ さっきと違ってます。
鬼界 ちょっとサービス、ボケたんだよ。
ダニ 無意味に長くなるだけです。ミスター鬼界、さっさとやりましょう。
鬼界 ........。 ジイサンが「どんじょ、こちらへ」と案内したのは、化粧台が両側にずらっと並んだ8畳ほどの細長い部屋なんだよ。
ダニ まるで大衆演劇の楽屋ですね。
鬼界 まるでじゃないんだ、本物の大衆演劇の楽屋なんだよ、そこは。
ダニ まさか...?
その2
鬼界 詐欺にひっかっかたんだ。新潟公演なんて嘘で、温泉の宴会の出し物に送り込まれたんだよ。公演終了後に支払われるはずだったギャラはもちろん柴田がすでに温泉旅館から受け取って領収書をきってたよ。ホント俺たちは若くて馬鹿だったんだよ。浮かれすぎだね。誰も新潟の演劇鑑賞団に問い合わせもしなかったし、名詞1枚でその柴田を信用したんだから。駅で見せた満面の笑みはこういうことだったんだよ。
ダニ それで
鬼界 柴田は俺たちのことを「泣かせる芝居あり、歌と踊りのショーあり、そして東京の女の、しかも20代のムチムチ女のストリップあり」ていう風に宣伝してたんだ。ジイサンが妙に愛想良かった理由はこれさ。「気をつけよう、人の笑顔と愛想良さ」
ダニ 勉強になります。で、やったのですか?
鬼界 やりましたよ。事情を説明してもジイサンは金は払ってあるの一点張りだもの。旅館にあったぼろぼろのカツラや破れた着物を適当に使ってさ。まず「泣かせる芝居」は、「借金のかたに悪どいやくざが善良な百姓の美人娘を連れ去ろうとするのを、流れ者が救い出す」、そんな設定だけを決めてあとは全部アドリブ。
ダニ 鬼界さんは何の役だったのですか?
鬼界 もちろん「悪どいやくざ」。108歳の設定で髪の毛は真っ白で、「?」の形をした木の杖をついてヨボヨボしてるのにめちゃくちゃスケベという極悪やくざ。
ダニ けっこう楽しんでるじゃないですか。
鬼界 楽しかったです。やりたい放題だもん。正義の流れ者に斬り殺されてるのに何度も何度も生き返ったりとかね。
ダニ 「歌謡ショー」は?
鬼界 その温泉にあったカラオケがえらいマイナーなやつで、まともに知ってるのが「北の宿から」だけなんだ。しょうがないから、女・男・デュエット・合唱の順で4曲連続「北の宿から」だよ。照明を赤くしたり青くしたりしてなんとかごまかしたけど、怒りもせずによく聞いてたと思うよ。それどころか、
ダニ なんですか?
その3
鬼界 GWの5日間やったんだけど、客席というか宴会場は連日満員なんだ。「東京から、あの文学座が総出演!」という宣伝につられて来てんだよ。
ダニ 文学座?
鬼界 大嘘だよ。それなのにみんな明治生まれだからまじめに見てんだよ。浴衣着てすっかり宴会モードなのに、俺たちがなんか始めると、正座して酒も飲まないで一心不乱に鑑賞するんだ、私語なんてもちろん厳禁だからね。
ダニ それは実は鬼界さんたちのやってることに皆様お怒りだったのでは?
鬼界 全然逆だよ。終演後、差し入れが大量に来るんだから。ただ、山奥にポツンとある旅館だから、そこの売店で売ってる‘温泉饅頭’と‘こけし’しか差し入れるものがないんだよ。1日に24個入りの温泉饅頭が80箱と、こけしが大小、各15体づつは来るんだから。
ダニ 5日間で、えぇと、9600個の温泉饅頭と、こけしが計150体ですね。
鬼界 計算してどうすんだよ、そんなこと。
ダニ そしていよいよ、第3のパートは、あれですね、ウフフフ。
その4
鬼界 なんだか嬉しそうだね、ダニエル君。お姫様のかっこをした女の子が1枚1枚脱いでいくんだよ、「北の宿から」の曲に合わせてね。
ダニ また「北の宿から」ですか。
鬼界 知らない歌だとうまくできないって言うんだもん。結論から言うと、ダニエルが期待してるほどいやらしくはなかった。いるじゃない、どんなかっこしてもやらしくない子、開けっぴろげすぎるというか健康的すぎるというかさ。ミュージカル出身の子で、やるとしたらこいつしかいないと全員が思ったんだけど、そんなこと言えないじゃない。で、座長がおそるおそる聞いてみたら、水着で踊ったりは当たり前だから、ブラとパンティーにだったらなってもいいって、あっさりOKさ。でも変な感じだよ、着物を脱ぐと、ロマンピンクの、ブランドによってはクリーミーピンクって言ったりする薄い桃色のハーフカップのブラとレースをフランス風にあしらったタンガ・パンティーなんだもの。
ダニ 詳しすぎます、鬼界さん....。
鬼界 それがどう見たって、「勝負下着」なんだ。このあたりなんだよ、鬼界浩巳事務所を作るきっかけは。
ダニ ど、どういうことです?
その5
鬼界 その子はある劇団員とつきあってたんだけど、どうやら別の劇団員とあやしいという観測が流れてたんだ。
ダニ 誰が流すのですか、そんな観測。
鬼界 劇団には必ずそういう奴がいるんだよ。その踊った子は、初めての地方公演で盛り上がった夜に「勝負下着」で一気に決めるつもりだったのよ。それはそれでいいんだけど、元々つきあってた男がまた別の女と付き合い出すに決まってるから、わけわかんなくなるんだよ。大学のサークルと同じで、男女関係が複雑に錯綜してるんだよ、劇団は。それが、
ダニ (大声で)ちょっと待って下さい、日本の大学はフリーセックスなのですか?
鬼界 君はスケベな話題にはすぐに食いつくね。
ダニ だって僕はそんないい思いしたことありません、留学生なのに。
鬼界 かっこ良すぎんじゃないの。これを読んでる皆様にお伝えしますが、冗談抜きにマジな話、ダニエルはユアン・マクレガーに似てる、バリバリの男前です。そして、なんと、「007/ロシアより愛を込めて」のボンドガール、ダニエラ・ビアンキがお母さんなんです。本当だからびっくりするよね。
ダニ 一応、本当です。
鬼界 サークルの中に金髪の二枚目が一人だけいてもなかなか近寄れないじゃない、だいたい何のサークルに入ってるの?
ダニ 能を見る会。
鬼界 バカ、アホ、マヌケ!!そんな会に入ってる女の子がホイホイ寝るわけないだろ。チャラチャラしたサークルに入ればすべて解決、以上相談終わり。まじめに聞いて損したよ。
ダニ スミマセン...。心を入れ替えて別のサークルにも入ってみます。どうぞお話の続きを。
鬼界 何の話だっけ?
その6
鬼界 ああ、劇団内の男女関係の乱れね。これが面倒くさくなってきて、劇団やめよかなと思ってたところへ、この悪夢の地方公演で莫大な借金さ。交通費に食事代、宿泊費、
ダニ いいお部屋に泊まったのですか?
鬼界 一晩だけね、あとは楽屋で全員ザコ寝。ストリップが全裸じゃなくてご機嫌斜めだった旅館のジイサンは、
ダニ 死神博士に似た方ですね。
鬼界 「方」って、この場合変じゃないか?まあいいや、とにかくその博士が初日の夜、踊った女の子を自分の部屋に呼んだんだ。下心見え見えのジジイもバカなんだけど、その女はたらふく食って、さんざん飲んで、お小遣いまでもらったのに、指一本触らせなかったんだって。
ダニ ジーザス!
鬼界 死神博士、怒り爆発。俺たちは次の日、客室を追い出されて楽屋行き、しかも部屋代あり。客室に泊まるのは無料だったのに、楽屋でザコ寝が有料なんだよ。食事も突然の有料化、と同時に信じられない高額化。お金が無くて、食事抜きの奴もいたよ。温泉饅頭で食いつないでね。ちくのう症だったな、あいつ。
ダニ かわいそうです。
鬼界 真夜中、ブタの鳴き声が聞こえるんだよ、フガフガフガって。なんでブタが?と思って驚いて起きあがると、そのちくのう君が息もできないくらい口いっぱいに温泉饅頭をほおばってたんだ、目に涙をためて。眠れないくらい腹減ってたんだね。
ダニ かわいそうすぎます。
鬼界 そうだよ、だから言ってやったんだ、「息するか食うかどっちかにしろ、ブタ野郎!うっせえんだよ。」って。
ダニ 悪魔.....。鬼界さんは鬼です。
鬼界 そんなこんなで莫大な借金を抱えて、気まぐれ倶楽部が活動休止に追い込まれたんだ。やめた人間も多かったしね。おい、もうこんな時間じゃねえか。何時間しゃべらせるんだよ。今日はここまで。
ダニ あとひとつだけ、150体のこけしはどうなったのですか?
鬼界 今でもうちに飾ってあるよ。10体くらい持ってくか?
ダニ 遠慮しときます。
第2回、今度は岐阜で...その1
ダニ 前回お聞きしたように、気まぐれ倶楽部が活動停止になったので、鬼界浩巳事務所を始めたという流れなんですよね?
鬼界 そうでもないんだ。気まぐれ倶楽部時代は稽古やら公演を合わせると年間350日くらい演劇に関わっていたから、気まぐれ倶楽部が突然休止になったときは、正直言って、どうしていいかわからなかった。熱帯に移住したエスキモーみたいなもんさ。
ダニ わかるような、よくわからない例えです。
鬼界 従業員の7割がファンキーな黒人で、いかがわしい雑誌やらなんやらの密輸入をやってる会社でバイトしたり、そうそう、そこの話もすっげえおかしいんだけどそれはまた今度にして、
ダニ えーー、聞きたいです!
鬼界 また今度ね、そのバイトの合間にテレビや映画の仕事をやったりして、何となく暮らしてたんだ。
鬼界 では鬼界事務所はいつ、どこで、どのように?
鬼界 誰にも話したことないんだけど、まあいいか、この連載も今回が最終回だし。
ダニ えーーーー、NO!NO!
鬼界 「続けてほしい」っていうメールも書き込みもないじゃねえか。
ダニ こ、これからありますよ...、きっと......。
その2
鬼界 映画のロケで岐阜県南部のK村に行った時のことである。長良川の源流にほど近い山あいの盆地で、一面に麦畑が広がっていた。真夏の日射しとじっとり湿った空気の中、動くものは何もない、ただ小川のせせらぎだけが聞こえてくる、そんなひなびた土地だった。
ダニ 突然、文学的です。
鬼界 江戸時代の庄屋の屋敷をそのまま利用したという、陰気な感じと変なにおいがする旅館に俺は泊まってた。ある晩、いろり端で新聞を読んでたら、「蛍がきれいだった」という女中さんの話が聞こえてきたんだ。今年はどういう訳か異常発生で、蛍の狂い咲きよなんて笑ってるから、ちょっと見物に行くかと思い、俺は話の輪に加わった。裏の小川沿いの一本道を行くと小さな木の橋がある、そのすぐ先に蛍がいるということだった。ただ、「裏の道は山に入る道なので、家も街灯もないわよ。」と言われたんだ。「山賊でも出るのですか?」と聞くと、「アハハハハ。月が陰ると暗いってだけよ。」と笑ってる。「これがあれば大丈夫ですかね?」と小道具で使った万年筆サイズのライトを見せると「充分、充分。じゃあ行ってらっしゃい。」と旅館の下駄を揃えてくれたんだ。Tシャツとジーンズに下駄をはいて外へ出てみると、満月だった。銀色のヴェールをかぶせられたように、小川も畑もすべての輪郭がまばゆく曖昧になっている。ただ、目の前の小道だけがくっきりと白く輝いているんだ。月の光って意外に明るいんだけど、太陽とは違って妙に青白く冷たい。「色をなくした世界」、そんな感じで、なんだか幻想的な光景が広がっているんだ。俺は歩き始めた、カランコロ、カランコロ、下駄の音も心地いいし、夜風も気持ちいい。その上、野生の蛍なんて生まれて初めてだから、気分は上々だった。だけど、歩いても歩いても、木の橋なんか出てこないんだ。何度かカーブしたから旅館も見えなくなってるし、右側に広がっていた麦畑はいつの間にか雑草の生い茂る野原になってる。どのくらいかかるのか聞いとけば良かったと思いながらタバコに火をつけた瞬間、「ボタッ」と石の落ちるような音がしたんだ。反射的に後ろを振り返ったけど、何もない。感覚的には、ミカンぐらいの石が5メートルほど後ろに落ちた感じだったのに、石なんて落ちてない。聞き違えたのかなと歩き出し、タバコを踏み消したとき、今度は「ズリッ」と足を引きずる音がしたんだ。
その3
鬼界 小柄な女がガボガボのローファーで歩くような音、今度は絶対聞き違えなんかじゃない、俺は立ち止まったまま、振り向くか、振り向くまいか、しばらく迷った。とにかく一歩を踏み出すと後ろでまた「ズリッ」と足を引きずるんだ。もう一歩歩くと「ズリッ」、俺が「カランコロカランコロ」走り出すと「ズリズリズリズリ」、歩調をゆるめ「カランッ....コロッ....」と歩くと「ズリッ....ズリッ....」、ついて来るんだ。決して距離を詰めようとはしない。もう絶対振り向けない。今になってやっと木の橋が見えてきた。橋のたもとに一本の大きな松がある。たまらなくなって走り出し、俺は松の木にしがみついた。後ろの足音も追ってくる、そして....それは止まった。俺は息を詰め、目をつぶり、気配を消すため、必死の努力をした。俺の心臓は早鐘のように鳴っている。それは今そこにいる。すると、後ろの足音が動き出したんだ。ゆっくり、ゆっくり、俺に近づいてくる。俺の背中にもう手が届く。止まった。もうだめだと思った時、足音が向きを変えたんだ。少しづつ離れていく。俺はそうっと振り返ってみた。そこには何もいなかった。足音も消えていた。辺りを見回すと、木の橋の向こうがぼうっと明るい。女中さんの言う通り、蛍の狂い咲きだった。俺は松の木から離れることができず、遠くから眺めていた。
ダニ ......。これは実話なのですか?
鬼界 本当にあった話だ。
その4
ダニ それでどうしたのです?
鬼界 松の木にしがみついてるうちに雲が広がってきたんだ。最初はまばらな薄い雲だったのが、だんだん厚くなり、しまいに月は完全に隠れてしまった。月明かりのない夜って、本当の闇なんだ。100%真っ暗。都会に暮らしてると、実感としてわからないと思うんだけど、お芝居が始まるときに客席の照明が消えて真っ暗になるじゃない、あれと同じ状態で野中の道にただ一人立っているって想像してみな。鼻をつままれてもわからないどころか、いくら目をこらしても自分の手が見えないんだから。
ダニ 怖すぎます。
鬼界 でもその時はほっとしたんだ。助かったと思った。なんでなんだろうね。万年筆ライトをつけても、細長いメガホンのような光の筋とその先で楕円形に光る地面しか見えないんだけど、楕円の光を追って旅館に帰ってきたんだ。「オバQ音頭」を大声で歌いながら。
ダニ ....。ところでこのお話が鬼界事務所設立とどのように結びつくのですか?
その5
鬼界 別に結びつかないよ。
ダニ もしかして、「今日は怪談を語ろう」という鬼界さんの思いつきにお付き合いさせられたの?
鬼界 それじゃ単なる‘自分勝手なおしゃべり野郎’じゃねえか。このロケから帰ってきて鬼界浩巳事務所を作ることを思いついた、ということさ。
ダニ 「人生いつ何が起こるかわからない。やりたい事はやりたい時にやらねばならぬ」、そんな教訓を得たわけですね。
鬼界 いいや、全然。そんなこと考えたこともなかったよ。ただ、順番としてロケから帰ったあとに思いついた、というだけ。
ダニ それだけ?
鬼界 それだけ。
ダニ 一生懸命聞いて損した気がします...。そして、いよいよ、
鬼界 あっ、もう時間だ。ごめん、今日はここまででいいかな。作家の山下と打ち合わせなんだよ。
ダニ それはダメ、ダメ。今日は聞く予定のこと、いっぱいあります。鬼界事務所を作るに際しての大変エピソードとか、ゲスト出演者はどこから呼んでくるのかとか、
鬼界 絶対、時間作るから。連絡して。じゃあ、また。
ダニ 行っちゃった.....。でもこれで第3回はやることになったわけね。ダニエルうれしい!!
第3回、ダニエル、アローン・・・
「絶対、時間作るから。連絡して。」
これはデニーズ南阿佐ヶ谷店(前回のインタビュー場所です)から逃げるように走り去った鬼界さんが最後に残した言葉です。皆さん覚えていると思います。だから僕は電話しました。1回目、夜の2時に電話したら「ごめん、これから撮影で出かけるところなんだ」と言われました。可能性は少ないけど、あり得ないことではありません。2回目、携帯に電話したら「ごめん、山下との打ち合わせが長引いてんだ」と言われました。その時山下さんはテレビの仕事でホテルに缶詰のはず....ですが、100%あり得ないとは言い切れません。しかし、3回目「ごめん、20年ぶりに弟がアルゼンチンから帰国するんだ」、4回目、「ごめん、今、金縛りにあってるんだ。手を動かすこともできない。」(電話に出てます....)、そして5回目には「おめん、くちあまひしてう」と意味不明なことを繰り返すのでよく聞いてみると「ごめん、口が麻痺してる」と言ってるのです。どう考えたって、嘘です、虚偽です、言い訳です。ひどいです。僕の祖国ルーマニアには幼稚園で習う有名なことわざがあります。
『処女を引っかけるなら満月の夜』
欲張りで冷酷なドラキュラは、何をやっても失敗ばかりのドジな召使いの狼男に腹を立て、殴る蹴るの毎日です。でも、狼男の懸命さだけはドラキュラも認め、満月の夜だけ自分は城に残り、狼男に人間を襲うことを許します。ドラキュラは処女の血が好物ですが、狼男は処女の体にさわれないので、処女の娘は満月の晩に夜遊びする。つまり「どんな人でも努力すれば必ず報われる」という教えなのです。日本でも「キジも鳴かずば撃たれない」と言うじゃありませんか。あんまりです。鬼界さんにインタビューしなければならないことはまだまだあります。7月公演「ヒズ・ガール・フライデー」のことは何も聞いてません。それどころか、このままでは一体ダニエルは何者なのか、鬼界さんとどういう関係なのか、すべて謎のままです。それじゃ僕がかわいそすぎます。名乗れない愛人のようです。皆さんのご意見をお寄せ下さい。待ってます。 ダニエル
第4回、『ヒズ・ガール・フライデー』は、こうして作られた! その1
ダニ お疲れさまでした。
鬼界 ホント疲れました。とにかく眠い...
ダニ 現在7月24日(月)午前10時ですが、打ち上げは朝までやったのですか?
鬼界 23日(日)午後3時から千秋楽の公演をやって、打ち上げが始まったのが午後7時。店を4,5軒はしごして、朝の4時ぐらいまで飲んでました。
ダニ 9時間飲みっぱなしですか?
鬼界 ビンゴ大会をやりつつね。3等が「体温計とメジャー」セット、これは地味だけど実用的だから、当たったスタッフの人は喜んでたよ。2等が「小松君に書いてもらえる、耳なしほう一」賞。俺が当てて、何がもらえんのかと思ったら、「は〜い、Tシャツを脱いで下さい」って言われて、小松君が俺のおなかと背中に、ドラエモンとかミッキーマウスとかウルトラマンを落書きするんだ。それも四角い顔のドラエモンとか耳のないミッキーマウスとか、にせもんなんだよ。ホントそういう男だよ、彼は。
ダニ 1等賞は何だったのですか?
鬼界 あの洗面器、割ばし、めんつゆ入れ、グラス、台ふきん、薬味皿、お盆、そして、そうめんとめんつゆ1年分の「完全なるそうめんセット」。これが大段ボール箱いっぱいくらいの量で、しかもずっしり重いんだ。その場にいる全員が「どうか当たりませんように」って顔してんだよ。
ダニ なぜ?嬉しいじゃないですか。
鬼界 何言ってんだよ。それでなくてもすごい荷物持ってる上に、こんなモンを押しつけられたら、邪魔で邪魔で身動きとれないよ。
ダニ 誰に当たったのですか?
鬼界 橋本きよみ。半泣きになってたよ。
ダニ 小松さんは何をGETしたのですか?
鬼界 打ち上げ参加人数が33人で、賞品を32個用意したんだよ。
ダニ もしかして?
鬼界 そのとおり。バチが当たったんだろうね、賞品なし。
ダニ そして、午前4時に解散したのですね?
鬼界 いいや、それからカラオケ。
ダニ あなた達は鉄人です....
鬼界 「アポロ歌合戦」で盛り上がりました。それぞれがモノマネで「アポロ」を歌うんだ。一番笑ったのは、演出家の大杉さんがやった、田中角栄の「アポロ」。今どき田中角栄のモノマネなんて意表を突かれたし、また異常にうまいんだ。結局、午前7時に解散しました。
ダニ つまり12時間やってたのですね?
鬼界 そう、だから眠いんだよ。
ダニ では早速、質問です。アンケートにも最も多かったのですが、どこまでがアドリブでどこまでが台本なのですか?
その2
鬼界 ダニエルはどう思ったの?
ダニ アドリブが13カ所、後は台本通りですね。
鬼界 やけに細かいな。
ダニ 正解ですか?
鬼界 正解でもあるし、不正解でもあるよ。アドリブなのか台本なのか、よくわからない、あやふやなお芝居を作ろうとしたんだ。とにかく楽しい感じ。だから「あれっ?アドリブ?台本?でもおもしろかった。」と言ってもらえることが最高の誉め言葉なんだ。「どこがアドリブか」を、見た人がそれぞれ自由に想像してくれたら、これ以上の喜びはないです。
ダニ なるほど。そういう場合、台本はどうなっているのですか?「ここからアドリブ」とか「小松君が日替わりで面白いことを言うはず」とか書いてあるのですか?
鬼界 いいや、一応全部せりふは書いてあるよ。ただひとつだけ、決まってなかったのは「そうめん」なんだ。
ダニ は?
鬼界 台本の一番最初は「とても夏らしいものを食べている」としか書いてないんだ。食べるシーンから始めようって山下と打ち合わせしたんだけど、何を食べるかは実際食べてみて決めた方がいいってことになったんだ。
ダニ いろいろ食べてみたのですか?
鬼界 まず、かき氷。長男のコウイチ(鬼界)が「天然水で作った氷です」とか「1分間に66かきするのが、コツです」とか言いながら、、家庭用のかき氷器を使ってるんだけど、氷をかく音が、ガーガー、ガーガー うるさいんだ。食卓に座って会話してんのに、3人とも大声で怒鳴り合わなきゃ聞こえないんだ。だから、ボツ。
ダニ 他には何を?
その3
鬼界 スイカ。コウイチがスイカを丸ごと持ってきて切り分けるんだ。コウジ(小松)とヒロコ(橋本)が種をどこまで飛ばせるか競争したりして、結構面白かったんだけど、「無農薬完全有機栽培で作ったスイカです」とか「梅雨時の降水量が180ミリを越えるといいスイカはできません」とか自慢すると、コウイチの職業が百姓になっちゃうじゃない。それはマズいから、これもボツ。それから、うなぎ。鰻重を3人で食べるんだけど、動きが地味なんだ。山椒をかけた後は重箱から口へ箸が動くだけ。面白くもなんともない、その上、値段が高い。稽古から合わせるとかなりの量を食べるから、予算的にもボツ。その他に、ところてん、枝豆、冷やし中華、カルピスなどを試し、最終的にそうめんになったんだ。
ダニ いろんな苦労があるのですね。
鬼界 「そうめん」以外にも、今回は稽古をしながら、かなり台本を変更したり、増やしたりしたんだ。たとえば、ヒロコの昔の夫を説明するシーンで、コウイチが「踊る念仏」と言ってクネクネ踊ってたじゃない?台本では「一人目がお祈り関係で、二人目は泥棒だった」と言葉で説明するだけなんだ。それを稽古では、真冬に素っ裸で水をかぶってお祈りする人や、燃えさかる火の中に飛び込んで祈祷しながらダジャレを言う人や、心臓をナイフで刺されても痛くない人や、相手の心が読める人やらをコウイチが実演してみる。そして、そういういろんなタイプのお祈り関係の人にコウジがあの手この手でつっこむ。この試行錯誤を繰り返して「踊る念仏」のパターンに落ち着いたんだ。そんなところがいっぱいあるから、本番は1時間30分のお芝居だったけど、稽古段階では3時間の大作だったんだ。
ダニ 楽しそうな稽古ですね。
鬼界 楽しかったよ。3人ともそういうの好きだから。
ダニ 共演の2人について聞きたいのですが。小松さんのコンサートシーンは良かったですね。
鬼界 あれは誤解から始まったんだ。10年くらい前に共演した時、稽古場で小松君がギターを弾いて「拓郎」を歌ってたのが印象的だったので、‘コウジワンマンギターコンサート’のシーンを書いてもらったんだけど、いざ小松君に台本を渡すと「僕ギターなんて弾けないっすよ」って言うんだ。話を聞くと、あの時ギターを弾いてたのは別の人間で小松君は横で歌ってただけなんだって。完璧に間違ってました。でも、絶対面白くなるシーンだから、もったいないじゃない。「今からヤマハギター教室に通うかい?」って聞いたら、小松君が「ウクレレでやります」って宣言して、「君もウクレレで人気者!」というビデオを見ながら独学であそこまでマスターしたんだよ。
ダニ 小松さんは大した人物なのですね。見直しました。いつも共演されている橋本さんについては?
鬼界 今回の『ヒズ・ガール・フライデー』は、今年の法事は3兄弟でお芝居をやりますとヒロコが口火を切るんだけど、ケニア人との結婚を認めてもらうためにお芝居の結末を勝手に変えていて、さらに母親の幽霊を登場させる細工までしているという、ヒロコが起点になる物語なんだ。つまり、橋本がお芝居のペースメーカーになってるわけだ。それを彼女は見事にやってのけた。
ダニ なるほど。そう言われれば、そうですね。
鬼界 頼りになる共演陣を得て、無事お芝居の幕を下ろすことができたのも、ひとえに見に来て下さったお客様の熱い声援のたまものだと、私鬼界浩巳は感謝の念で、
ダニ ちょっと、鬼界さん。強引にまとめに入ってませんか?
鬼界 だって、眠いんだモン。
ダニ なにかわいぶってんですか。
鬼界 裏話はあくまでも裏話だから、あんまり公表するのもどうかと思うんだ。飲み会とかで話すのがいいんだよ。もっと聞きたい人は鬼界事務所の定例飲み会に参加のこと、って書いといて。じゃあ。
と、無責任な発言をしつつ「眠い、眠い」と鬼界さんは帰っていきました。前2回に比べるとかなり短いインタビューでしたが、『ヒズ・ガール・フライデー』がどんな風に作られていったのか、なんとなく雰囲気はわかったような気がします。稽古場でやっていた3時間ヴァージョンの『ヒズ・ガール・フライデー』を、どうしても見たいダニエルでした。